人生で釣りよりも大切なこと。

釣りを愛する読者諸賢におかれては、人生で最も重要なもののひとつとして、当然釣りをあげられるかもしれない。

無論、私もそれに同意したい。

しかし、人生には釣りよりも大切なものがいくつかあると思う。

私が思うに、そのひとつは健康である。

いくらお金や時間があっても、身体を壊してしまっては、満足のいくような釣りはできないでしょうからね。

 

ところで、サメの歯は生涯生え変わり続けることをご存知だろうか。

鋭い歯をもつ肉食魚の彼らは、使用している歯の後ろにたくさんの予備歯という歯列を有している。

古くなって摩耗したり、獲物に噛み付いたりした拍子に、その歯はポロッと抜け落ち、新しい歯が交換式に前へと送り出されてくるわけだ。

一説では、ある種のサメが一生で使う歯は、数万本にのぼるという。

しかし、人間という生物は、サメのように新しい歯が次から次へと生えてくるわけではない。

永久歯が生えるのは、誰でも平等に生涯で一度きりである。

多くの物事が見え難い形で不平等である現代においても、進化によって設計された生命の摂理は今も変わりないのだ。

 

さて、ひと口に健康といっても色々な要素があるものだが、私は人生には歯の健康が非常に大切だと考えている。

歯を失うということは、すなわち食の愉しみを失うということであり、食べられるものが限られてしまうと、QOLの低下のみならず栄養の摂取にも支障が出るだろう。

また、日本予防医学協会が調査した日本人が思う歯一本あたりの価値は35万円、これに対して歯科医師の考える歯の価値は、前者を大きく上回る一本104万円であるそうだ。

人間の歯は上下合わせて28本あるので、誰しも口の中全体でに約2900万円にもなる資産を保有しているということになる。

そして永久歯は一度失うと二度と手に入らないし、インプラントなど保険適用外の治療が非常に高額なことも、この試算からは頷けよう。

 

世間一般では、病気は治療さえすれば良いと思われがちかもしれないが、虫歯や歯周病は結構リスクが高い。

歯周病はさまざまな疾患を発症してしまう要因となり得ることが、近年は研究で明らかにされている。

したがって、虫歯や歯周病になってから治療をするのではなく、ならないように予防をするほうが肝要なのではないだろうか。

それを知ってか、世の金持ちの人たちの多くは、口を揃えて「歯の定期検診に行け」などと言う。

近頃は界隈で有名な「マッチョなライオン」も、以前に「老後に残すべきは歯と筋肉と友人」と語っていらしたように思う。

YouTube

※この動画には広告・プロモーションが含まれており、当概要欄のリンクにはアフィリエイトリンクが含まれています。▼オンライン…

そんなわけで、金持ちではない私も、お金で買えないものはお金をかけて守ろうと思い立ち、約10年ぶりに歯科検診を受けたのが昨年の冬のことだった。

ちなみに私は先天的に上顎の永久歯が一本欠損している(生えてこなかった)ようで、昨年の検診でこの事実を知ったときには、何だか104万円を損をしたような気分を味わったものだ。

 

そして先日、人生初の全身麻酔下で抜歯手術をした。

両下顎の智歯がほぼ完全に埋伏した状態で残っており、放置すれば一番奥の歯を歯周病で喪失する可能性があるということで、先週紹介先の大病院にて手術を受けるに至ったのである。

実際に歯周ポケットを測定してもらったデータも、その仮説を裏付けるものだった。

どうも私は、科学的根拠のあるデータに裏付けられたものに弱いようだ。

それにしても、私は親知らずというのは20歳までに生えてこなければ無いものだと勝手に思い込んでいたのだが、まさか誰にでもあるものだったとは、恥ずかしながら若干の驚きを禁じ得なかった。

昔は子供の死亡率が高かったため、この歯が生えてくる前に亡くなってしまうことも多く、このことから「親も知らない歯」というのが呼び名の由来になったのだという。

歯科の先生はそう語っていらした。

 

さて私の場合、親知らずが頭を下向きにしたやや逆立ち気味に生えていたことや、根っこ部分が大きく顎の血管と神経に密接している可能性があること、さらに下顎骨に埋まっていることから、全身麻酔で歯茎を剥がして顎の骨まで削る難手術となってしまったのだった。

当然これだけ大掛かりな治療をすれば医療費も嵩むので、底辺社畜釣師が春のイトウ釣りのために貯めたなけなしの遠征費は、翼を得たが如く、瞬く間に私の手元から羽ばたいて消えていった。

しかし、これは将来の負債を取り除くための自己投資だと考えることにしたい。

それに北の大地で釣りをしている最中に、歯が痛くなるなんて憂き目には遭わずにすむわけなのだから。

そう考えれば、心はまるで凪の静寂が訪れたかのうように穏やかだ。

病室のベッドで麻酔から醒めると、削られ切断されて血に塗れた二本の親知らずが、標本瓶に詰められ枕元の戸棚の上に置かれていた。

口いっぱいにガーゼを詰められたうえ酸素マスクを装着され、鈍痛と渇きで思考にまで血の靄がかかっているようだ。

小瓶の中の砕かれた歯を横目に眺めると、それが咀嚼を目的とした大臼歯としての機能を予想外に立派に備えていたことに驚かされる。

決して出来損ないの歯ではなく、そして生える場所が悪かっただけに、その機能を果たさずに抜かれた親知らずが、私には少しだけ気の毒であった。