過去に二人のUGUI KILLERと呼ばれた釣師たちがいる。
ウグイという魚に対する釣師たちの認識を紐解いていると、アイザック・ウォルトンの名著『釣魚大全』のなかで、一つの章が割かれていたことを思い出した。
その冒頭では、“鯎(うぐい)はうまく料理すればおいしく食べられますが、この特別な料理法によらないかぎり、食べられたものではありません”だとか、“仏蘭西人などはこの魚を下等なものとして「賤魚」と呼んでいるくらいです”などと、なかなかに酷評されていたと記憶している。
美食探求心の強い仏蘭西人ほどではないものの、我が国の多くの釣師のあいだでも決して歓迎される存在ではないことは確かだ。
(なお、ウグイの名誉のために書いておくが、ウォルトンは本書のなかで手間をかけて料理したウグイの料理については“たいへん美味な御馳走になる”と称賛してもいる)
さて、冒頭の二人のUGUI KILLERへと話を戻そう。
一人は阿寒湖、もう一人は朱鞠内湖において、それぞれウグイを釣りまくっていたのだ。
いや、ウグイばかりが釣れてしまったというのが正確な表現かもしれない。
そして元・“朱鞠内のUGUI KILLER”というのは何を隠そう他でもない、これを書いている僕である。
北海道でトラウトフィッシングをされる諸氏におかれては、外道としてウグイと出会う機会も多いであろう。
しかし、我々の場合にはあまりにも度が過ぎていた。
ある年の朱鞠内湖では、向かい風で岸際に濁りが入った絶好の状況で皆がイトウを釣っている姿を横目に、僕はというと一日で二桁にのぼるウグイをひたすら釣り続けたのだが、今となっては懐かしい思い出だ。
どちらのUGUI KILLERもミノーをデッドスローでリトリーブしていたのが原因でウグイの猛攻にあっており、僕はそれに気づいてからはウグイの顔を見る機会が徐々に減ってゆき、代わりにイトウやアメマスといった北海道のトラウト達と出会えるようになった。
おかげで五年前には人生三匹目にして九十七センチのイトウを釣ることができたし、今年の春にも厳しい条件の下、三年ぶりのイトウ釣りで八十一センチの貴重な一匹を釣ったのだった。
もし前述の気づきがなければ、今頃も僕は七十センチの巨大エゾウグイとでも死闘を繰り広げていたことだろう。
元・“阿寒湖のUGUI KILLER”であるMOさんも、数年前には阿寒湖で七十八センチのニジマスを釣りあげ、さらには先日初めて訪れた朱鞠内湖で僕と一緒に釣りをして回り、開始一時間ほどであっけなくイトウを釣ってしまったのである。
かくして我々の間で不名誉なUGUI KILLERは姿を消したはずだった。
もっとも、その後阿寒湖に戻ったMOさんはアメマスを五、六匹も釣った同行者のMさんに対して、またしても大きなウグイを釣ってしまったそうだ。
「Fさん、やっぱり僕はウグイしか釣れないみたいですよ・・・。」
送られてきた悲しげな音声付きの動画を見て、
「良い型じゃないか。」
とメッセージを書いたFさんにMOさんは、
「全然慰めにならない。」
と漏らしていたという。
やはり“UGUI KILLER”の称号は、伊達ではないのかもしれない。
少し話は変わるが、今春の朱鞠内でのイトウ釣行には、五年ぶりに僕の父親も参加した。
もとはと言えば、僕が本気でイトウのルアーフィッシングを始める最初のきっかけをつくったのは父である。
僕の釣りの師匠であるFさんは父の友人であり、彼の誘いで三人で霜が降りた初冬の朱鞠内を訪れたのは、もう九年も前のことだ。
当時はまだ現在のFさん同盟も完成されていなかったのだと思うと、その後の展開が劇的で何だか感慨深くなる。
そんな我が父であるが、実は十年前の朱鞠内釣行でイトウを一匹釣って以来、全くのノーバイトであった。
正直に本音を言うと多少は面倒くさいと思わなくもないものの、何だかんだ言っても僕は彼にはどうにかしてイトウを釣ってもらいたい。
とはいえ、今回の朱鞠内湖は例年よりも大幅に水位が低く、水の状態も悪いため一筋縄では攻略できないだろう。
前日に渡った菅原島での釣果は強い濁りから全員が不発に終わっており、レークハウスで耳にした情報も全くもって振るわなかった。
そこで過去に僕が紋別の千里眼・N氏により隅から隅までポイントを案内してもらったナマコ沢の某所にて、同じように僕が付きっ切りのガイドを買って出ることにしたのだ。
結論から言うと、僕程度の実力ではガイドをしたところで父にイトウを釣らせることはできず、午後からの雨と爆風に耐えながら今回の釣行は終焉を迎えたわけであるが、しかしそのなかでひとつ気がかりなことがあった。
それはガイド中に少し離れたところで見ていると、立て続けにウグイが釣れていた場面にある。
それもおそらくワカサギをたらふく食べているのだろう。良く肥えて腹がでっぷりと膨らんだヤツだ。
もしかすると、僕はイトウを釣らせられなかったどころか、三人目のUGUI KILLERを誕生させてしまったのかもしれない。
いや、まさか。
そんなことがあって堪るものか。
しかし、状況から鑑みて考えられることはひとつしかない。
もしやと思いウグイを雑にリリースした父親の背中に問いかけると、振り返りざまに恐るべき答えが返ってきた。
「もしかして、デッドスローでリトリーブしてない?」
「そうだよ。」