魚類の生活史研究:年齢と成長②

前回は魚類の年齢査定の意義から年齢形質の選定、年齢形成時期を推定した後に各個体の推定年齢を調べるまでの流れを説明しました。

ある程度の数のサンプルが集まれば、年齢査定により各個体の体サイズに対する推定年齢、つまり年齢別の体長や体重のデータが蓄積され、平均値も求められます。

サンプル数が多ければ多いほど、その個体群の傾向を平均化することが可能となりますが、年齢査定は耳石や脊椎骨を材料とする以上、生物の殺傷を伴う研究です。

近年では、研究のためとはいえ必要以上の個体を殺傷することに批判的な傾向がありますので、必要十分な数に留めるべきでしょう。

特に、研究対象が絶滅危惧種などの稀少生物である場合には注意が必要です。

とはいえ、サンプル数が少なすぎても、そのデータが本当に全体の傾向を表しているのか信頼性が低くなってしまいます。

通常は100~200個体のサンプル数を確保することが一般的なようです。

なお、過去に採集され保管されているサンプルや蓄積されたデータを利用する場合にはこの限りではなく、500~1000程度の数を集めている研究例もみられます。

ちなみに成長解析に用いる体サイズには、全長、体長、尾叉長、体重、その他の計測形質もありますが、ここではもっとも一般的な体長を使用したいと思います。

それでは今回は年齢別の体長のデータを利用して、その魚類の成長について解析する手法を見ていきましょう。

魚類の成長式

生物の連続した成長という目に見えないものを可視化するためには、数理モデルにあてはめる必要があります。

その際に用いられるのが、成長式もしくは成長曲線という方程式です。

この成長式にはさまざまなモデルがあり、目的にあわせて使い分けたり、もっとも適合するものを調べたりする必要があります。

魚類の成長式としてもっとも一般的であると思われるのが、von Bertalanffyの成長式というものです。

年齢査定の結果から得られた年齢別の平均体長のデータを成長式にあてはめることで、成長解析をおこないます。

また、この他にGompertzの成長式やLogistic成長式というものもよく見かけます。

 

なお最初にお断りしておきますと、私は小学校以来ずっと数学が大っっっ嫌いでしたので、この成長式についての数学的な理解は全くできていません。

おそらく、私のような人間がいたせいで「生物系は理系のくせに数学ができない」などという話が生まれたのでしょう。

しかし世の中を見渡せば、原理原則を理解していなくても使うことができるものであふれているのではないでしょうか。

成長式の各パラメータを最低限理解したうえで、表計算ソフトのSOLVERに関数を入力して成長曲線を算出するくらいのことなら、誰にでもできるというわけです。

参考までに学生時代に使用していた旧式のExcelデータシートへ、適当な数値を突っ込んで成長曲線を算出してみたものを載せておきます。

日常生活のなかで、AppleのスマートフォンやGoogleの検索エンジンを駆使しているのと大差ありません。

もちろん理解したうえで使うにこしたことはありませんが、劣等な元院生の見苦しい言い訳をさせていただきました。

 

von Bertalanffyの成長式

さて、話を戻しますが、ここでは複数ある成長式の中から代表して、von Bertalanffyの成長式について説明します。

オーストリアの生物学者・ルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィが提唱した成長式であることから、このように呼ばれているそうです。

von Bertalanffyの成長式の公式は以下の通りです。

 

 

数学嫌いの同志諸君はこの式を見ただけでも頭が痛くなるのではあるまいか。

だが、ちょっと待ってほしい。

各パラメータが意味するものが分かれば、何となくイメージはつくでしょう。

 

 

これでも、まだ難解な気がしますよね。

そこで、この式が表す成長曲線を描いてみると、もう少し理解しやすくなります。

von Bertalanffyの成長曲線

tは年齢なので、そのままグラフの横軸になると考えてください。

Ltは年齢別の推定体長です。

Kに関しては係数なので、成長曲線そのものには表れてこないのではないでしょうか。

問題となるのはLt0ですので、順番にみていきましょう。

 

Lは理論上の最大体長です。

「得られたデータから考えると、この魚は理論上これくらいまで大きくなるよ」という解析値だと思ってもらえれば良いかと思います。

当然、理論値ですので、実際にその魚がそこまで大きくなるのかとは別の話になります。

次にt0ですが、こちらは体長が0になる時のtの理論値です。

考えればすぐに分かるのですが、どんな生物でも生まれた時の大きさが0ということはあり得ませんので、曲線の立ち上がりは0からではありません。

したがって、体長が0になるときの理論上の年齢t0は、必ずマイナスになるものと考えられます。

 

各成長モデルの比較

今回はvon Bertalanffyの成長式のみを扱いましたが、実際の研究例をみるとvon Bertalanffy・Gompertz・Logisticの3つ成長式を求めたうえで、その魚種の成長にもっとも適合しているモデルを調べて採用するのが慣例のようです。

それぞれの成長式には特性があります。

例えばvon Bertalanffyの成長式は、初期成長の早い硬骨魚類などでは多くの種でもっともよく適合しますが、一部の大型魚など初期成長が悪く成長のピークが若齢期までずれ込む魚種には、Gompertzの成長式が最適であるケースもあるようでした。

ただし、これはあくまで個人的な経験則であることを記しておきます。

大変ざっくりとした内容ですが、以上が年齢査定のデータに基づいた成長解析の手法です。

私が魚類の研究に従事していたのは、もう何年も前のことになりますので、誤っている点や説明の抜け漏れも多分にあるかと思いますが、何卒ご容赦ください。

ここまでにひと通りの流れは説明できたかと思いますので、最後に魚類の年齢と成長の研究についてより具体的なイメージしていただけるよう、次回はシナリオ形式で一連の手順を振り返ってみましょう。