釣りというものはスポーツなどの競技とは違って、個人の技術が直接結果に結びつくとは限りません。
そこには運や勘や根気といった要素が大きく関わってくると思います。
最新鋭の精密誘導弾の如く狙った場所へ正確無比なキャスティングができたとしても、そのポイントに魚がいるかどうかはわかりませんし、仮に魚が居ても餌を捕食する気分ではないかもしれません。
もちろん、釣りにおいても基本的な技術が非常に重要なのはいうまでもないでしょう。
いかにも魚が居着いていそうなポイントを見つけても、そこへルアーを送り込めなければ攻めることができませんし、せっかくかかった大きな魚をランディング出来るか否かには、釣り人の技術の差が出てくる場面ともいえますからね。
また、運ばかりは個人の努力ではどうにもならない部分でもあります。
できることといえば、せいぜい日頃のおこないを良くすることを心掛け、釣り場ではゴミを拾って帰ることくらいでしょう。
しかし、観察力、すなわち魚がいるであろう場所を見極める能力というのは、日頃から注意深く自然を観察しながら釣りを続けていれば、経験とともに磨き上げられるものではないでしょうか。
私の知人に紋別のNさんという方がいます。
Nさんはフライフィッシングの達人なのですが、「真冬の吹雪の中を釣りへ出掛けて行ってニジマスを一匹釣って喜んでいた」とか、「ウェーダーで凍結した川へ立ち込んで僅かに残っている水面の氷を尻で押しのけつつアメマスを釣った」などという逸話ばかり耳にするので、私のような軟弱釣師からすると完璧なる釣り狂いとしか思えません。
そして、サプライズが好きでよく釣り場に先回りしてFさんを待ち構えていたり、朝獲れのカニや前祝のシャンパンを置き土産としてロッジに残してくれるなど、意外とお茶目な一面もお持ちです。
また、若い頃には他のジャンルの釣りも嗜まれていたらしく、釣り全般について非常に造詣が深い方なのです。
さらにフライフィッシングの技術だけでなく、Nさんは魚がいるであろう場所を見逃さず、かつ寸分違わずに狙うことができる「眼」をもっています。
Fさん率いる我々全員が一日中釣りをしてボウズであろうと、Nさんは毎回絶対に魚を釣っていますし、あるときなどあまりの渋さに飽きてしまったFさんのルアータックルを拝借したNさんは、ものの5分でイトウを釣ってしまったのでした。
そんなNさんに一度、徹底的にポイントをガイドしていただいたことがあります。
まず驚いたのは、Nさんに指示されたポイントにルアーを投げれば、ことごとく本当に魚が釣れるということです。
それは、北国の木々がすっかり色づきはじめた十月の朱鞠内湖でのことでした。
scene 1.
早朝の朝霧がまだ残る朱鞠内の湖岸にて。
湖面は至極静かで生き物の気配はない。
渡船を降りて移動をはじめると、ほどなくしてNさんが言った。
「いま波紋が立ったから、あそこ投げてみて」
・・・一投目でヒット。
銀鱗を輝かせた美しいサクラマスだった。
scene 2.
早朝に全体の半分のポイントを回ると、スタート地点に引き返して反対側のポイントへ回ることになった。
「そこの水の色が変わってる場所。ルアーを通したらイトウが喰ってくるから」
そう言われて水面を見下ろしてみると、湖底に幅数十センチ・長さ二メートル弱のスリットがあるようで、その部分に光が当たらず陰になっている様子が僕にも見てとれた。
しかし、こんなに細長く小さなスリットにイトウが入っているのだろうか。
半信半疑でルアーを引いてくると、まさにスリットの真上にさしかかった瞬間、突如として竿に衝撃が伝わってくる。
・・・ドンッ!
(え、ホントにいたぁ?!)
予期せぬヒットにフッキングが甘くなり、ほどなくしてフックアウトしたイトウは身を翻して姿を消した。
無論、直後にガイド役のNさんから大顰蹙を買ったのは言うまでもない。
scene 3.
午後から移動して鷺島の小さなインレットにて。
「いまイトウが向こうへ泳いでいったよ。」
「もういなくなったかな?イトウくん、ビビりでしたー。」
「ああゆう灌木の下とか狙ってごらん」
そう言い残すとNさんは少し離れた開けたポイントに入り、自分の釣りを始めた。
インレットの幅は数メートル程度しかない。
(本当にこんな小さなインレットにイトウが…?)
・・・ほどなくして狙った灌木の下でイトウがヒットした。
60センチ程度の痩せたイトウであったため、今度はランディングすることができた。
紋別の千里眼
私がNさんから教わった技術的な内容は、「岸に対して平行に近い角度でルアーを引いてくる」、「同じコースには投げない」、「魚が釣れたポイントは時間をおいて後でもう一度攻めてみる」といった初心者が習う基本的なものが中心です。
しかし、半日間付きっ切りで同行してもらったことで、狙うべきポイントを選ぶ観察眼は非常に勉強になりました。
自分一人で釣りをしていては、おそらく狙わないであろう場所ばかりでしたから。
また、ルアーマンでイトウ釣りの名手であるMさんもそうなのですが、Nさんはとにかくよく歩きます。
同じポイントへ一緒に入っても、すぐに遠くへ行って姿が見えなくなってしまうくらい移動速度が早いのです。
そのようにして見込みの薄い場所は素通りし、少しでも可能性のあるポイントを見極めることで、試行回数に対するヒットレシオを高めているのでしょう。
これまでの釣り人生で鍛え上げられたであろう、その能力には本当に驚嘆させられます。
なお、キャスティングが「全然ダメ」と評価された技術的問題については、私自身の努力で改善する所存であります。
あらゆるキャストを難なくこなせるくらいにはならなければなりませんね。
みなさんの周りにも、このような優れた眼をもつ人が一人はいるのではないかと思います。
すでに必要な技術を身につけられている釣り人諸氏は、よりよい釣果に恵まれるためにも、そういった方と一緒に釣りをして、その観察力を参考にされてはいかがでしょうか。