魚類の種数は現在知られているだけでも三万五千種以上とされており、これは脊椎動物全体の約半数を占めます。
そして、その種数の多さゆえに形態や生態も著しく多様性に富んでいるのです。
そのなかでも、繁殖生態は自身の遺伝子をなるべく多く次世代に残すという個体の究極の目的に直結するため、種の個性がよく現れており、個人的にはとても興味深い研究主題だと思います。
以前にも記事にしたように、魚類にも成熟年齢というものがあります。
しかし、成熟年齢に達すると常に繁殖が可能な状態であるというわけではありません。
ご存知のとおり、ほとんどの魚類は明確な繁殖期や産卵期というものをもっています。
通常は産卵期の前後以外の期間には、どんなに体の大きな親魚であっても生殖腺が未発達です。
トラフグやマダラ、そしてシロザケなどの白子(精巣)が旬の時期にしか食べられないものであることを思い浮かべると想像がしやすいのではないでしょうか。
このように産卵期にあわせて魚類は精巣や卵巣といった生殖腺を発達(成熟)させており、一年ないし数年の周期で成熟した状態と未成熟な状態を繰り返しているのです。
これを魚類の「生殖周期」と呼び、これまでに多くの魚種で研究されてきました。
魚類の成熟と環境条件
自然のなかで生きている魚類は、周囲の環境から季節の変化を敏感に感じとっています。
特に四季のある温帯域では、環境条件の変化が魚類の成熟再生産に大きな影響を及ぼすとされ、主な要因は水温と日長です。
私たちも日が短くなると冬の訪れを感じますし、気温の急激な上昇からは夏の到来を感じますよね。
これらの環境条件が魚類の脳や内分泌系を刺激することで、体に生理学的な変化をもたらし、生殖腺の発達を促しています。
また環境が一定に保たれた飼育下では、成熟再生産が自然界とは異なる動態を示すことも珍しくありません。
一方で、季節の変化が少ない熱帯や亜熱帯に生息する魚類は、飼育環境下でも問題なく産卵することが多いようです。
私は学生時代の卒業研究において、ある魚類の繁殖生態の解明に取り組んだことがあります。
その魚は温帯性の淡水魚だったのですが、屋内の水槽で飼育すると産卵期である春になっても産卵をせず、生殖腺もほとんど発達していないことが分かっていました。
そこで季節による環境の変化がカギになるのではと考え、仮説をもとに条件をコントロールした複数の環境で飼育実験をしてみたというわけです。
生殖腺の組織学的研究
魚類の成熟は外部からは観察ができませんので、解剖をして生殖腺の発達状態を判別しなくてはなりません。
また発達途中の生殖腺は肉眼での直接観察では変化が分かりづらいため、顕微鏡下で組織を観察する必要があります。
この組織学的研究でもっとも一般的に用いられるのは、ヘマトキシリン・エオシン二重染色法、通称「HE染色」と呼ばれる手法です。
これにより元来無色である細胞や組織に色彩を施し染色することで、観察を容易にすることができます。
「ヘマトキシリン」と「エオシン」はどちらも色素(染料)の名称です。
2種類の色素によって、細胞の核とそれ以外の組織を藍色と赤紫色とに染め分けます。
実施にHE染色を施した組織は次のようになります。
魚類の生殖腺は成熟段階によって組織構造に顕著な違いが生じますので、このような組織学的観察が欠かせません。
それでは、次回は雄の精子形成について具体例をあげてみていきましょう。