投資の弱者戦略はサケ科魚類の遡河回遊と似ている。

最近の米国株式市場、特に連日の最高値更新の熱狂感は記憶に新しいと思います。

私も僅かな資金で投資を嗜んでいるのですが、世界を騒がせている例のアレによる下落から凄まじい勢いで立ち直る上昇力には、思わず目を見張るものがありました。

 

さて、投資の世界では常識とされていますが、一般的にリスクを取るほど得られる利益は大きくなる傾向があるそうです。

一方で、現在の資産運用で最適解されているものは、長期的に安定した成長が見込まれる全世界株式、全米株式、S&P500に連動した投資信託やETFを購入するという手法であり、これをNISAや積立NISAを利用して年間限度額まで積み立てるというのが、私たち庶民には教科書的な運用方法と言えるのでしょう。

しかしながら、この現代の「王道」である投資から見込まれる運用利回りは5%前後です。

100万円を投資しても、年利は5万円にしかなりません。

このような現状をふまえて、一部の急進派の方からは批判的な見解がなされています。

つまり、これは既にある程度の資金を有している富裕層向けの投資であり、我々のような資金の少ない一般投資家がこの運用方法で大きな資産を得るには、あまりにも時間がかかり過ぎるという意見です。

誰だって、死ぬ直前に一番お金持ちになっているのでは意味がないですからね。

若くて健康なうちにしか実現出来ないことは、世の中に多々あるはずなのですから。

私が憧れている世界中を釣り歩くことだって、そのひとつです。

 

そんな世情を反映してか、近頃では運用利率を大きくするためのレバレッジ型投資信託が一定の支持を集め、市民権を獲得しているように見えます。

その急先鋒であるのがレバレッジNASDAQ100、いわゆる「レバナス」と称されるものです。

これは日々の基準価額の値動きが、米国市場のNASDAQ100株価指数の値動きに対して2倍程度となるよう調整をかけて運用されるものですが、運用開始から僅か三年にもかかわらず驚異的なリターンをたたき出しており、インターネットの海を泳げば毎日この話題で賑やかな様子が窺えるでしょう。

私が愛用しているプラットフォームであるYouTubeにおいても、レバナスについてさまざまな動画が投稿されていました。

彼らがいうには、既に大きな資産を保有しているが故に、暴落時の損失を恐れて富裕層が嫌うレバレッジ型投資信託こそ、弱者が一発逆転の大きな利益を獲得できる投資戦略だ、とのことです。

確かに米国市場は長期で継続して成長しており、NASDAQもS&P500も右肩上がりを続けていますので、長期投資には不向きだといわれるレバレッジ型投資信託であっても、その恩恵に与ることができるように思えます。

VTIやVOOへの投資が現代の「王道」ならば、レバナスは新時代の「覇道」と言えるのかもしれません。

この主張に関しては、大きく賛否が割れることが容易に予想できるのですが、私はどちらかと言うと肯定的な立場です。

 

しかし、それよりも鳥獣虫魚に関心のある身としては、この弱者の投資戦略が一部のサケ科魚類の生存戦略によく似ていることに気がつきました。

私と同じく魚類の生態に興味をお持ちの読者諸賢は、この問題をいかがお考えでしょうか。

また、レバナスに全力投資をされている強靭(あるいは狂人)な精神の投資家諸氏には、サケ科魚類が文字通り命がけで目指す一発逆転戦略ついて、この機会にぜひ知っていただきたいと思います。

生物学における投資とは

投資というと多くの方が金融投資を思い浮かべるはずです。

しかし、投資をしているのは人間だけではありません。

勿論、魚が投資信託を買ったりすることなどはありませんが、人間を含めて多くの動物は食物から得たエネルギーという資本をさまざまな目的に投資することで生きているのです。

 

では生物におけるエネルギーの投資とは、どのようなものなのかを考えてみましょう。

まず最優先されるべきは個体の生存です。

自分が死んでしまっては元も子もないですからね。

これは食物の摂取によって得られたエネルギーを呼吸や代謝、安全な生息場所への移動などに回すことになります。

 

個体の生存が確保されるようになると、次に余剰なエネルギーは成長へと振り分けられます。

こちらはより大きな体へと成長することで、より多くの餌を食べることができるようになったり、外敵からの捕食に対抗したり、同種の別個体や種間での競争の際に有利となるための投資です。

 

そして、ある程度の大きさまで成長した個体が最後におこなう投資は生殖です。

これこそがすべての生物にとって究極の目的である「自身の遺伝子を次世代に受け継がせる」ための最大の投資であり、最終的に求めるリターンでもあるといえるでしょう。

すべての個体は自らの子孫をできるだけ多く残すことこそが、そのレーゾンデートルたり得るのです。

 

サケ科魚類の遡河回遊にみるリスクとリターン

日本で一般的なサケ科魚類であるシロザケは、川で生まれて海で成長したのち、産卵のために母川へ回帰してくるという生活史をもっていることが広く知られています。

このように成長のために海へ降ったあと、産卵のため川へを戻ってくることを「遡河回遊」といい、サケのように遡河回遊をする魚類を「遡河回遊魚」と呼びます。

ただし、すべてのサケ科魚類が遡河回遊をするわけではありません。

これに関して詳しくは後述します。

 

成長のために海を目指すというのは、一見すると堅実な道にみえるかもしれません。

確かに海洋には河川とは比較にならないほどの豊富な生産力があり、プランクトンやカイアシ類、甲殻類といった数多くの餌生物が存在するのですから、とても魅力的に映ります。

そして、豊富な餌生物を摂食して大きく成長することは、産卵数を飛躍的に増やすことにつながっているのです。

体が大きいほど物理的にもたくさんの卵を産むことができるのは、容易に想像がつくと思います。

魚類にとっての投資におけるリターンはできるだけ多くの受精卵を残すことになりますので、産卵数はちょうど金融投資における利益と同じです。

つまりサケ科魚類は回遊という大規模な移動にエネルギーを投資することで、体を大きく成長させて産卵数を増やし、最終的にはより多くの子孫を残すというリターンを狙っているわけです。

 

しかしながら、投資においてリスクが付き物であるのは魚類の世界でも共通しています。

海へ降ることにより長距離を回遊(移動)しなければならないことに加えて、河川にはいない大型魚類や海獣類、海鳥類といった天敵に捕食されるリスクが段違いに大きくなるのです。

回遊についても、降海は川の流れに身を任せても自然と海へ辿り着けますが、遡河は流れに逆らって遡上しなければなりませんから、エネルギー消費が大きくなるのは必然でしょう。

それに加えて、実はサケは遡上中に一切の餌を摂らなくなります。

そのため、免疫の低下や体力の消耗により体は傷つき、水カビに侵されてボロボロになってしまいます。

そして遡上の道半ばで消耗して力尽きたり、本来の産卵域である河川上流部へ辿り着くことを諦め、途中で産卵してしまう個体も一定数存在するのが現実です。

また、体が大きく成長したがゆえに、浅瀬を遡上してくるサケはヒグマや猛禽類などの陸上動物からも恰好の獲物として狙われます。

利益を回収する前に死亡するリスクを抱えた、まさしく「行きはよいよい帰りは怖い」の世界なのです。

もしくは、せっかく海で数年間成長して川へ戻ってきたら、以前にはなかったダムや堰堤が建設されおり、産卵域までの遡上を阻まれてしまうかもしれません。

さらに年によっては台風や土砂崩れなどの自然災害により、産卵環境が壊滅してしまっている可能性もあります。

こうなってしまっては、多大なリスクを冒してまで海へ降るという投資は完全に失敗してしまいます。

 

このように、一見安定した絶え間ない営みを続けているように見えて、自然界の生き物も案外リスクを負った投資家的側面を兼ね備えているのです。

ヤマメとサクラマス―強者と弱者の生活史―

さて、ここからはサケ科魚類の生存戦略と弱者の投資戦略との類似性について考察してみます。

まず一部のサケ科魚類では、その生活史の初期段階で弱者と強者にはっきりと二分されます。

まるで今日の格差社会のようですが、しかし自然界ではごく当たり前のことです。

 

前述したシロザケの例では、すべての個体が海へと降っていましたよね。

一方で、同じサケ科魚類でも河川残留型と降海型の2タイプに分かれるものが存在することは、釣りをされる方ならよくご存じかと思います。

具体的な例をあげるならば、「ヤマメ」と「サクラマス」は名前も姿かたちも異なりますが、分類学上は同じ魚であり、互いに交配が可能なので遺伝学的にも同一種とされています。

生まれたあと河川に残留し続けて育ったものがヤマメ、海へ下って大きく成長してからサケのように川へ戻ってきたものはサクラマスです。

ヤマメは「渓流の女王」とも称され、魚体にはパーマークと呼ばれる美しい斑紋があり、30センチを超えればかなり大きいほうだといえるでしょう。

一方で、サクラマスは海洋の豊富な生産力を武器に銀鱗輝く見事な体躯へ成長し、70センチを超える大型個体も出現します。

両者は元は同じ魚なので、産卵はどちらもヤマメの生息域である河川上流部でおこないます。

しかし、体の大きさには二倍以上の違いがありますので、産むことができる卵の数にも大きな差が生じているのです。

一般にヤマメの雌の産卵数は300粒から多くても500粒以下がほとんどであるのに対して、サクラマスでは4000粒前後といわれています。

ここまでの話だけを聞けば、魚類に詳しくない人なら誰しもサクラマスのほうが体も大きく、より多くの子孫を残すことのできるのだから、圧倒的な強者だと考えることでしょう。

しかし、実際には真逆の立場であり、河川に残れるヤマメこそが強者、サクラマスは一発逆転を計った弱者なのだと考えられています。

サクラマスは河川に残留したヤマメが選択しなかった非常に大きなリスクを負った結果、このような大きなリターンを獲得しているのです。

 

投資家の弱者戦略はサクラマスと似ている

では、なぜ一部のヤマメは海を目指してサクラマスとなるのでしょうか。

ヤマメが降海してサクラマスとなる理由は、餌や生息場所の限られた河川内で同種との生存競争に敗れ、十分な餌を摂れず成長の悪かった個体だったからだといわれています。

つまり、生活史初期の生存競争で劣勢だった個体が、大きなリスクを冒して海へと餌を求めるという、生き残りと一発逆転をかけた弱者の生存戦略といえるのです。

降海することのリスクについては、シロザケの頁で先に述べたとおりです。

結果として約一年後、サクラマスは河川に残留した強者のヤマメよりもずっと大きく成長して帰ってきます。

最終的には体長で二倍以上、産卵数は八倍以上という、まるでレバレッジをかけたかのような差が開いていますね。

自然とはそんなに単純なものではありませんが、成長と繁殖への投資に関するリスクとリターンの結果だけみれば、サクラマスの圧倒的勝利といえるのではないでしょうか。

 

この強者を喰らわんとする弱者の生存戦略は、初期資金の少ない若い一般投資家が、レバナスのように富裕層の避ける大きなリスクをあえて背負うことにより、圧倒的な利回りで一気に強者へと駆け上がろうとする姿勢によく似ていると思います。

所得という餌を食べる量を増やし、個体の生存に割くエネルギーである生活費を可能な限り抑制し、余剰のエネルギーを全力で成長と繁殖へ投資する。

そのなかで、あえてハイリスク投資である遡河回遊をおこない、海洋の豊富な餌でパフォーマンスの最大化を目指す。

一方で、もし暴落という名の天敵に捕食されてしまえば、一撃で致命的なダメージを受ける可能性さえある。

それでも強者である富裕層の河川残留型ヤマメに勝つには、我々のような弱者はリスクの大きな海を目指し、サクラマスとなるしかない。

しかも、そうまでして苦労して生み出した卵(利益)も、産卵後に他の魚に食べられてしまうなど目減りしてしまうあたりがまるで売却益への課税のようで、自然界も人間の社会も本当に世知辛いものですね。

そんなところまで似てなくていいのに。

さらに意を決して河を下ったものの海へは行かず、稀に途中で戻ってきてしまう「モドリ」と呼ばれる個体がいるそうです。

このモドリヤマメはサクラマスよりも体はずっと小さいものの、銀色の体色などよく似た姿をしています。

また、本来の生息域である上流部よりも餌が豊富な中下流域で育ったことにより、一般的なヤマメよりも成長が良いことが多いというのです。

これはリスクを取ってはみたものの、さながら途中で運用結果に満足して利益確定をした投資家のようではありませんか。

いずれにしても、このような途中利確をしているかのような個体が出てくるという話からは魚の投資スタイルにも個性があるとみえ、大変面白いところですね。

王道と覇道の衝突のゆくえ

現代の王道と新時代の覇道。

これはさながら歴史上の覇権国家と新興国家の衝突を、地図の上から鳥瞰しているかのようです。

もっとも、事が起こっている舞台はすべて米国市場の中なのですが。

しかし、最初に海を目指したヤマメは進化の過程のある段階において、生存戦略として必要に迫られて現れたのだとすると、同様に現代の格差社会でレバナスを長期積立投資するような投資家が出現するのもある意味必然だったのかもしれません。

長い地球の歴史の中で生物が様々な進化を遂げてきたように、投資や資産運用も今後さらに進化を続けることでしょう。

かくいう私も少額ながらレバレッジNASDAQ100を保有しています。

10年後もしくは20年後に勝利する生存戦略は、ヤマメかもしくはサクラマスか。

そのゆくえをこの目でしっかりと見届けたいと思います。