阿寒湖には大島というポイントがあります。
北東の岬は正面に雄阿寒岳を臨む場所で、フライフィッシングをする人には平坦な岩盤が広がる場所がとても人気があるのですが、東側に小さな砂浜と急深のワンドがあり、ここではニジマスが良く釣れるので、私も阿寒湖に行くと必ず訪れています。
大島でニジマスを釣っていて気が付いたのが、どうやら外見と習性の異なる二種類がいるのではないかということです。
そして、それにはどうやら釣り人の行為が影響しているのではないかと思います。
一般に、同一の生物種でも、生息環境によって生態が異なるのはよく知られているものです。
しかし、阿寒湖の大島周辺という狭いスケールで、同所的に生息しているニジマスに二型性が見られるのは興味深いと思い、独断と偏見で考察してみました。
大島のニジマスに見られる二型性:回遊型と居着き型
まず、体型に大きな違いが見られ、ひとつは回遊型、もうひとつは居着き型と思われます。
海水魚ではこの違いが良く知られており、スズキやクロダイ、アジやサバが有名でしょう。
釣りブログの先駆者様の記事によるところでは、ブラウントラウトにも似たような傾向があるそうです。
回遊型のニジマスは流線型のスマートな体形をしており、顎が長く尖った頭をしています。
釣れるポイントもカケアガリからやや沖合のほうまで比較的広く、ヒットすると果敢な闘志と跳躍で魅了してくれます。
また、釣れ方にもパターンがあります。
回遊型は通りかがかりの個体がいて、それがやる気のある魚であれば食ってくるのですが、一方で居着き型の魚は、同じ時合いで連続して何匹も釣れ、突然ぱったりと反応がなくなります。
問題なのは居着き型のほうなのですが、こちらは全体的にずんぐりとしていて、頭が丸っこく顎が短いのが共通しています。
釣れるとパワフルに走り回るものの、あまりジャンプをしません。
そして、居着き型と思われるニジマスの中でも、度を越して太った魚が釣れることがあります。阿寒湖のニジマスはコンディションが良く、体高が高く太い魚も多いのですが、もはや太いを通り越して、俗にいう「メタボ体型」のようです。
このメタボ体型のニジマスは、いまのところ大島以外では見たことがありません。
さらに、同所的に釣れるアメマスには、この傾向が見られないことも不思議です。
なぜ、このような体型のニジマスがいるのかを考えてみると、フライフィッシングの「チャミング」が影響しているのではないかと思います。
チャミングとは?
チャミングとは、ひと言でいうと「撒き餌」です。
カツオやマグロなどの回遊魚のほか、最近では根魚狙いの釣りでもおこなわれているそうです。
トラウトの場合、フライフィッシングでドライワカサギを使用する際に、生のワカサギを撒き餌にすることを指し、阿寒湖では風物詩として定着した釣り方のようです。
チャミングをすると、水面を漂うワカサギに反応した魚がライズを起こすので、その魚を狙ってフライを食わせるというわけです。
このチャミングですが、一度に撒く数は少量でも、毎日大勢の釣り人が一日中やり続ければ、魚に供給されるワカサギは相当な量になるものと推測できます。特に大島のような人気ポイントともなれば、なおさらでしょう。
また、チャミングで撒かれたワカサギは、しばらく水面を漂いながら流され、徐々に湖底へと沈んでいきます。
そこで、前述の大島の人気ポイントでチャミングされたワカサギが、湖流に流された後にちょうど沈降する点が、私が毎回釣りをするワンド付近ではないかと考えました。
もちろん、風向きなどに影響されるのでしょうが、これまでの経験上では、大島の風向きと水の流れは北から南であることが多いように思います。
毎日大量のワカサギが沈んでくるのですから、泳ぎ回って餌を探すよりも、そこに居着くほうが魚にとっては効率が良いはずです。
そうなると、問題の居着き型のニジマスは、どのようにして定着したのかというのが気になってきます。
仮説①:学習効果による魚の習性の変化
まず、もともと回遊型だった個体が、チャミングで撒かれるワカサギについて学習し、餌の豊富な場所に居着いたというのが考えられます。
その結果として、餌からの栄養の摂取に対して運動量が少なくなったのだとしたら、移動性が強く、積極的に餌生物を追い回している回遊型とは体型が異なるのも頷けます。
阿寒湖でチャミングが盛んにおこなわれるようになったのは、おそらく過去10年以内にはなると思うのですが、それ以前はどうだったのか、今では確かめようがありません。
仮説②:放流魚と自然繁殖魚の違い
阿寒湖および阿寒川水系でどれほどのニジマスが自然繁殖しているのかは、正確な情報が得られませんでしたが、少なくとも放流された個体が野生化したものはたくさんいるものと思われます。
おそらく回遊型はこちらのタイプでしょう。
偶然回遊してきた先に、チャミングされたワカサギを発見して、それを食べているということになります。
これに対して、放流魚もしくは放流後間もなく野生化していないニジマスは、前者とは習性が異なっているため、チャミングで撒かれたワカサギを好んで選食しているのではないでしょうか。
阿寒湖漁協では、ニジマスの成魚の放流を積極的におこなっているようです。
一般的に、養殖魚は配合飼料のペレットを与えられて育ちます。
しかし、近年では養殖魚用ペレットも原料費高騰の煽りを受けているようですし、この阿寒湖では商業的に漁獲されるワカサギの余剰分を餌として与えられている可能性もあると思います。
このようにして成魚まで育てられたニジマスが、湖に放流された後も、以前食べていた飼料と同じように沈んでくる餌を好むため、チャミングのワカサギが留まりやすい場所に居着いたというわけです。
仮説を辿っていくと疑問は尽きないですし、そもそもが穴だらけの仮説です。
私は年に数回しか阿寒湖には行けないので、現状では検証の術もありません。
何事もやり過ぎはよくない
ところで、最近ではチャミングの影響で魚がすっかりスレてしまい、ドラワカも以前ほどは釣れていないそうです。
漁協の方から聞いた話によると、「魚がチャミングに慣れてきたので、水面にはあまり出てこなくなってきている。でも、下のほうにはいっぱいいるよ」とのこと。
やはり魚も学習して、底に沈んだワカサギを食べるようになった個体が多いとみえます。
この調子だと、大島のメタボ体型のニジマスは増えていくのでしょうか。
私はチャミングを否定するつもりはありませんし、離れたところで撒かれたワカサギが、自分の入っているポイントの沖に流れてきた結果、それに反応していたニジマスを釣り上げ、おいしい思いをさせてもらったこともあります。
しかし、釣り人の行為が魚の習性まで変えてしまうのだとすると、何やら考えさせられる事象ではありますね。