みなさんはトラウトの産卵期というと、どの季節を思い浮かべるでしょうか。
同じサケ科魚類のシロザケが、秋に生まれた母川へ一斉に遡上してくる姿を連想する方もいらっしゃるかもしれません。
魚類の産卵期は非常に多様であり、四季を通して様々な魚種が産卵をおこないます。
なかには特定の産卵期を持たず、一年中だらだらと産卵を続けるものもいるのです。
トラウトの場合にも種によって産卵期は異なっており、また同種でも地域差が見られたりしますが、大きくは春産卵型と秋産卵型に分類されます。
ここではトラウトフィッシングで一般的な魚種の産卵期についてみていきましょう。
春産卵型
■春産卵型のトラウトの代表例
・ニジマス(4月~6月)
・イトウ(4月~5月)
一般的にトラウトは冷水性の魚ですから、生息環境は冬季に雪や氷に閉ざされる厳しいものである場合がほとんどです。
三月から四月にかけての春に産卵をする場合、川や湖が解氷するとともに雪代で水位が上昇して、氾濫原のような稚魚の生息に適した環境が形成されます。
また水生昆虫などの餌生物も出現するようになるので、稚魚の成育のためには理にかなっているように思われますね。
一方で、春産卵型のトラウトはサケ科魚類の中でも比較的珍しい少数派のようです。
代表的なものとしてニジマスやイトウといった魚種があげられるでしょう。
この二種は産卵期や稚魚の生育環境が重複していることから、外来魚であるニジマスがイトウの繁殖に影響を及ぼしている可能性も指摘されています。
秋産卵型
■秋産卵型のトラウトの代表例
・ヤマメ(9月~11月)
・アマゴ(10月~12月)
・アメマス(9月~12月)
・オショロコマ(10月~11月)
・ブラウントラウト(10月~11月)
トラウトの場合、秋産卵型の魚種のほうが明らかに多い印象です。
なお、サクラマスやサツキマスはそれぞれヤマメとアマゴの降海型ですが、河川に遡上してくる時期は和名の由来のとおり春です。
しかし産卵期は陸封型と同じ秋であるため、夏の間は河川内で待機したのちに産卵域まで遡上していきます。
この河川生活期にはまったく餌を捕らないため、その生態が河川のサクラマス釣りは難しいと言われる所以でしょう。
また名前や形態が違っても元は同じ種であるため、サクラマスのペアの産卵にヤマメのオスが割り込んでちゃっかり放精するのはよく知られた話です。
では秋に産卵して稚魚が冬を越せるのかという疑問が生じますが、多くの種では卵のままま産卵床で越冬し、翌年の早春に孵化をします。
つまり春産卵型と秋産卵型のトラウトは産卵の時期は異なるものの、孵化するタイミングは同じ春ということになります。
この違いはとても興味深いものではないでしょうか。
なぜこのような違いが生まれたのかは様々な理由があると思われますが、前年に産卵がなされている秋産卵型のほうが春の好適な時期になったらすぐに孵化することができ、生育環境や餌生物を早く優占することができるのかもしれません。
また卵の状態で冬を越すのか、親が越冬してから産卵をするのかで、種ごとの生存戦略を変えていることも考えられます。
冬の間に産卵場所に壊滅的な環境被害が生じれば卵は死んでしまうでしょうし、逆に親魚の生息場所で何か変化があり親が死んでしまっても、卵は生き残ることになりますから。
さらに春産卵型の魚種の場合、産卵から卵の発生期間を考えると稚魚の出現は秋産卵型よりも遅れ、初夏にかかると思われます。季節が進むにつれて餌生物の数も増えるでしょうし、成長段階によって稚魚の生育場所は変わるため、他の魚種との棲み分けのために進化の過程で獲得した形質なのかもしれないと思います。
環境によって異なる産卵期
春産卵型と秋産卵型のトラウトについてみてきましたが、実は同じ魚種でも環境によって産卵期が変わることがあります。
もっとも有名なのは古くから水産上重要種でよく研究されてきたニジマスで、野生では春に産卵するものの、養殖魚の産卵期はまちまちで10月から4月にかけて長い期間続くことが知られています。
また、野生魚であっても比較的温暖な地域では12月から3月に産卵するそうです。
他の魚種でもこのような地域差は一般的なものです。
魚類の繁殖生態の多様性
生物は自己の遺伝子を次世代へと受け継がせる本能があるため、繁殖というのは生活史の中でも最も多くのコストやエネルギーを割いているものです。
サケ科魚類の遡上を見れば、文字通り命を懸けて産卵をしていることが伺い知れるでしょう。
それに加えて、似たような魚種でも繁殖戦略の違いから生態に大きな差異がみられるなど、生物の生活史研究において最も興味深いテーマの一つだと思います。
私自身、学生時代には希少淡水魚の保護増殖のため卒業研究で繁殖生態の解明に取り組んだ経験がありますが、その研究成果は学生生活の中でも特に思い出深いものとなりました。
みなさんもトラウトフィッシングをする際には、脈々と命をつないでいる彼らの営みに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。