魚類の生活史研究:年齢と成長①

以前にも書きましたが、魚類の生活史は非常に多様性に富んでおり、大変興味深いものです。

私は魚類の研究者でもなんでもありませんが、一応は大学院で修士の学位を取得しました。

いまではただ釣りを楽しむだけの社畜になり果てたものの、昔と変わらず生き物は好きですし、他の多くの人にも自然に興味関心をもってもらいたいと思っています。

特にトラウトフィッシングをされる諸氏には、魚を釣ることや食べることに限らず、魚の生態にも理解を深めたうえで、釣った魚に対して敬意を払い丁寧に扱うことで、それをさらなる釣りの楽しみにつなげていただきたいのです。

本ブログではそんな魚類の生態に少しでも興味関心をもってもらえるよう、過去に私が扱ったことのあるテーマについて、なけなしの知識を活用し、学術的な内容についても紹介してみたいと思います。

今回は、魚類の生活史研究のなかでも基礎的なもののひとつである年齢査定について、私の持てる限りの知識をもとに、釣れずれなるままに日暮し机に向かって心に浮かぶよしなし事の如く書き綴ってゆきます。

魚類の年齢査定の意義

年齢査定とは、簡単に言うとある個体が何歳であるのかを調べるということになります。

例えばある魚種の特定の個体群において、サンプルを集めて年齢を調べたとしましょう。

その個体の年齢が判明すれば、体長などの体サイズの計測値と照合することで、ある年齢における大きさのデータを得ることができます。

さらにサンプル数を増やし、それを多数の個体に拡大することで「〇歳では平均〇〇〇センチ」といった、その個体群における平均的な成長率が算出できるのです(これを成長式または成長曲線といいます)。

自然科学とは目に見えない自然現象を数理モデルに当てはめることで可視化し、説明するものですが、魚類の年齢査定においてもその例にもれません。

また魚類のほかに両生類や甲殻類においても、同様の年齢査定の試みがみられます。

では、魚の年齢と成長に関する知見は何の役に立つのでしょうか。

一般的には水産上重要種の資源管理において、生物学的特性の基礎的データとして非常に重要となります。

実際に、四海に囲まれた我が国でも、水産上重要な種であるシロザケやマグロ、マアジ、マサバ、マダラ、カレイ類などは、積極的に年齢査定の研究がおこなわれてきました。

まず、最高年齢からはその魚が何歳まで生きるのか寿命が分りますし、何歳の魚がどのくらい生息しているのかが推測できれば、今後の資源動態を予測することにつながります。

具体的な例をあげるならば、ある特定の年齢群の魚(年級)が突出して多ければ、その年齢群が成長したのちには漁獲量の中心を占めることが見込めるでしょう。

さらに、その魚の成長が遅いことが分かった場合には、若齢の個体をなるべく漁獲しないようにすることで、資源の保護も可能です(まあ、実際にはさまざまな理由で混獲されてしまい、うまくいかないことも多いのですが)。

なお水産資源の適切な管理には、年齢と成長に加えて、成熟と産卵に関する知見が必要であるとされており、このうち成熟の研究には成熟年齢の特定という点でも、年齢査定の結果が役立てられます。

また水産上重要な種ではなくても、生態系の中で優占する種であったり、食物網における最高次捕食者である種では、その動態が生態系内の生物群集に対して与える影響が大きいため、生態学的な意義から年齢と成長が研究される場合もあります。

生態学でいうと、いわゆるボトムアップ効果とトップダウン効果に関連したものです。

 

地域差や性差による最高年齢・成長の相違

同じ魚種であっても、さまざまな要因によって最高年齢や成長に明確な違いがみられることが一般的です。

まず同種であっても、地域個体群によって成長が異なるケースです。

これまでに多くの魚種で、異なる地域の複数の個体群についてこのような研究がされてきましたが、一般には北方の個体群ほど寿命が長く、成長が遅く、より大型に成長する傾向があるようです。

これに対して南方の個体群は寿命短く、成長が早く、小型化する傾向があるようで、生活史のサイクルが早いといえます。

似たような傾向は、ニホンジカなどの陸棲哺乳類でも知られていますね。

もっとも、恒温動物である哺乳類は体を大きくすることで体温を保つために大型化するようですが、魚類は変温動物であるため理由が異なり、成長の地域差は摂取可能な餌生物量の違いや個体群密度などに起因するものと考えられています。

 

次に同じ個体群内でも、雄と雌の間に成長の違いがみられる場合があります。

魚種にもよりますが、こちらのケースでは雌のほうが寿命が長く、体もより大きく成長する種が多い気がします。

年齢形質の探索

魚類の年齢を調べるためには、個体の成長履歴として年輪が出現する硬組織が必要です。

この年輪が現れるものを、年齢形質と呼びます。

これは、ちょうど木の年輪のようなものと想像していただければわかりやすいと思います。

詳しくは後述しますが、年輪が1年に1本形成されることを証明できれば、それを数えることにより個体の年齢が推定できるいうわけです。

魚類の脊椎骨椎体に形成される輪紋の例.

硬骨魚類では、一般的には耳石脊椎骨椎体鰓蓋骨(文字どおり鰓蓋の骨)鰭条などが用いられることが多いです。

これらの年齢形質のうち、鱗は最も採集が容易なのですが、成長の途中で剥がれ落ちてしまったり、輪紋の形成が不規則や不明瞭であったりする等の問題があり、現在ではあまり信頼性が高くない形質とされています。

現在の主流として用いられている年齢形質は、耳石ではないでしょうか。

耳石とは脊椎動物の頭部にある平衡器官のひとつで、硬骨魚類では石のように固いのが特徴です。

ただし、魚種によっては例えばフグのように耳石が極端に小さいものもいるため、他の形質を使用することも珍しくありません。

具体的な例をあげると、ブリでは鰓蓋骨を用いて年齢査定をするそうです。

キンメダイの耳石.煮つけの兜から取り出したもの。

一方で、軟骨魚類では鱗の形状が独特で観察に適さず、耳石も石灰化されていないので、脊椎骨椎体がほとんど唯一の年齢形質といえるのではないかという印象です。

さらに最近では最新技術を駆使して、放射性炭素の年代計測をすることによる安定同位体比を用いた年齢査定法もおこなわれるようになってきています。

こちらに関しては私は専門外でほとんど知識がないのですが、論文では眼の水晶体などからサンプルを採取していると書かれています。

学術雑誌の権威である「Science」誌に掲載されたニシオンデンザメの論文は、その筆頭といえるでしょう。

この論文では、ニシオンデンザメは魚類のみならず、現在知られているなかでは脊椎動物最長の寿命を誇り、推定最高年齢512歳という驚異的な結果が示されています。

私はこの論文を読みたくて、当時住んでいた愛知県の僻地まで、国際郵便でアメリカ科学振興協会からこの雑誌を取り寄せました。

船便での輸送料が七四ドルもかかったのが良い思い出です。

ご興味のある方は、ぜひ原著論文をご一読ください。

ちなみに、地球上で最も寿命が長い動物はインド洋の深海に棲息する巻貝だというのですから、自然の神秘性というのは本当に底が知れないものだと思い知らされますね。

 

輪紋があっても年齢査定できない?

ここまでは、魚類の年齢査定の意義および研究に必要な年齢形質について記述してきました。

年齢査定には、年輪の出現する年齢形質が必要であることは前述の通りですが、輪紋が形成されていたとしても、それを直ちに年輪と断定することはできません。

なぜなら、1年に2本や3本の輪紋が形成される可能性もありますし、極めつけは偽輪といって、年輪と年輪の間に関係のない輪紋を形成するという、嫌がらせまがいの行為をやってのける魚種もいるからです。

そうだよお前だよ、サクラマス。

したがって輪紋を見つけたら、まずそれが1年に1本形成されることを確認しなければなりません。

この工程が実はなかなか厄介者なのです。

年齢査定の手法①―サンプルの処理―

年齢査定をおこなうためには、まず輪紋を読み取りやすいようにサンプルの処理をしなければなりません。

また肉眼では輪紋の判読が難しいため、顕微鏡下での観察が必要となります。

古い研究では年齢形質の表面をそのまま直接観察していましたが、耳石や脊椎骨椎体は立体的な構造をしていますので、通常はその横断面を観察して輪紋を読み取ります。

一般的には、「薄切切片法」という手法がもっとも多く用いられているでしょう。

研磨機などの機材を使用することもあるものの、単純に耳石や脊椎骨椎体の中心部を通る横断面が残るように、両側から紙ヤスリでガリガリと削り、仕上げに番手の大きい研磨用のサンドペーパーで表面を整えれば簡単に観察用標本が作製できます。

耳石は小さいものや円形であったり、扁平のものは脆いなど、そのままでは削りにくいためアクリル樹脂に埋め込んでから削る方法が普及しています。

また、より観察を容易にするため染色を施す方法や、薄切切片を作らずにX線写真を撮影する方法もあります。

 

年齢査定の手法②―輪紋の判読率の算出―

まず、輪紋が確認できても一定のパターンを読み取ることができなければ、年齢形質として使用することができません。

そこで体サイズなどのデータを伏せたうえで、一定の間隔のあけて複数の読み手で複数回輪紋を計数し、すべての計数で輪紋数が一致したものだけを有効なデータとして採用します。

これは、計数をおこなう度に輪紋数が違ってしまうようでは、正確な年齢査定が不可能なためです。

輪紋の判読が可能であった割合を算出し、輪紋判読率を求めますが、一般には80~90%以上でなければならないといわれています。

また、この時に輪紋を計数してはいるものの、この時点ではまだ輪紋数=年齢と決定することはできません

 

年齢査定の手法③―年輪形成時期の推定―

輪紋の数え方の例.ただし計数がこれで合っているのかは不明。

1年に1本の輪紋が形成されること、およびその形成時期が推定できなければ、年齢査定をすることもできません。

では、輪紋はなぜ形成されるのでしょうか。

一般的に、魚類の成長は水温の下がる冬季には遅滞します。

このとき、体内の代謝等の生理学的な変化により、炭酸カルシウムを主成分とする耳石などの硬組織の形成にも変化が現れ、明瞭な輪紋が刻まれるのです。

つまり成長の遅い時期には幅の狭い輪紋が形成され、それ以外の比較的成長が早い時期には幅の広い輪紋が形成されるというわけです。

ただし過去の研究例によれば、輪紋は必ずしも冬に形成されるものではありません。

また輪紋の形成が成長の早い遅いによるものならば、同化エネルギーが生殖腺の発達に消費され、体の成長に振り分けられない繁殖期に形成されるとする説もあります。

 

観察方法にもよりますが、年齢査定においては成長の停滞した時期を示す幅の狭い帯は光を透過するので透明帯、成長の早い時期をあらわす幅の広い帯を不透明帯と定義します。

ここでは便宜上、以下のようにご理解いただければと思います。

透明帯:成長の遅い時期にできる幅の狭い帯

不透明帯:成長の早い時期にできる幅の広い帯

この透明帯の数を数えることで、年齢を調べることができるのです。

耳石に形成された年輪の例.白っぽく見える部分が不透明帯、青っぽく見える部分が透明帯。

(1)縁辺成長率を用いる方法

それでは、年輪形成時期の推定に話を戻しましょう。

年輪(透明帯)が1年の特定の時期に形成されることを確かめる方法はいくつかありますが、まずは縁辺成長率を用いる方法を説明していきます。

なお、ここでいう縁辺とは年齢形質の一番外側の部分を指します。

耳石や脊椎骨椎体の標本の焦点(中心)を基点として、その半径と各輪径までの距離を測定し、以下の式から縁辺成長率(Marginal increment ratio;MIR)を算出することができます。

理論上、直前の透明帯から計測した縁辺幅は、次の透明帯が形成されはじめる直前が最も幅が広く、年輪であると仮定する次の透明帯が形成されはじめた直後にもっとも小さくなるはずです。

このことから、縁辺成長率の平均値が低下する時期は年輪である透明帯が形成され終わったことが示唆され、つまり縁辺成長率が急激な低下を示す時期が年輪形成時期と推定されます。

この図の例では縁辺成長率の平均値が3月に最低で、それ以降12月まで月を追うごとに上昇し、2月にもっとも高くなったのち、急激に低下していることがわかります。その結果、年輪形成時期は2月から3月と推定できるのです。

 

(2)透明帯と不透明帯の出現頻度を用いる方法

次に、透明帯と不透明帯の出現頻度を用いる方法を解説します。

こちらは、縁辺成長率の季節変化が明瞭ではない場合にも使うことができる手法です。

これは縁辺成長率の算出よりも単純な方法で、サンプルを採集した月別に、耳石や脊椎骨椎体の外縁部に透明帯が形成されている個体と、不透明帯が形成されている個体の割合を算出していきます。

その結果、外縁部に透明帯を形成中の個体の出現が多くみられるようになった月から、外縁部が不透明帯である個体の出現率が再び100%となった前月くらいまでが年輪形成時期と推定されます。

例えば透明帯の出現頻度を調べたところ、上記の図のような結果となったとします。

これを見ると、4月から8月のあいだには、耳石や脊椎骨椎体といった年齢形質の外縁部が透明帯である個体は全く出現していません。

一方で、9月から3月にかけては、年齢形質の外縁部に透明帯を形成中の個体が出現していることがわかります。

このうち、11月から3月は60%以上の個体で年齢形質の外縁部が透明帯であり、3月には急減してその割合が約20%となりました。

外縁部に透明帯をもつ個体の割合が大きく減るということは、多くの個体で年輪と仮定した透明帯の形成が終了したことを示唆しますので、この場合は11月から3月にかけて年輪が形成されると推定されます。

通常は研究の精度をより向上させるため、縁辺成長率と外縁部の透明帯・不透明帯の出現頻度を併用して、年輪形成時期を特定することが多いです。

このように、輪紋(透明帯)が1年に1回形成されることがわかってはじめて輪紋=年輪と判断し、年齢査定をすることができるのです。

 

年齢査定の手法④―年輪を計数して各個体の年齢を調べる―

詳細な説明は省きますが、魚種によっては、特に軟骨魚類などで誕生後間もなく最初の輪紋が形成されることが知られています。

つまり、最初の輪紋はその個体が生まれた直後に形成されるBirth ringと呼ばれるものなので、2本目が1歳、3本目が2歳をあらわします。

この場合は年齢=透明帯数nー1となり、12本の透明帯が観察できればその個体は12ー1=11歳ということになります。

一方で、誕生直後に最初の輪紋が形成されない場合は、単純に年輪数=年齢と判断できます。

 

さらに、魚類は死ぬまで成長を続けます。

どんなに成長が緩やかになっても、それが止まることはありません。

したがって、年齢が高いほど成長速度は遅くなりますので、高齢魚ほど年輪の間隔が狭くなり、年齢査定の難易度が高くなるので注意が必要です。

 

なお魚類も含めて生物の成長には、当然大きな個体差が生じることがあります。

つまり、一番体長の大きな魚が最も高齢であるとは限らないのです。

年齢査定をしてみると、成長が良かった大型の個体が実はそれほど高年齢ではなく、逆に成長が悪くサイズは小さいものの、長く生き残った結果見た目よりも推定年齢が高かった個体が散見されます。

自然界では、成長が悪く大きくなれなかった個体は、外敵による捕食や個体間の競争により淘汰されがちですが、そのような厳しい環境下でも生き残るものが現れるということは、運や学習といった何か他の要因がその個体の生存に絡んでいるのでしょうか。

個人的には、これも自然の興趣が尽きないところであると考える次第です。

ここまでで、年齢査定の基礎的な手法についてをご紹介しました。

硬骨魚類の耳石は頭がついていれば煮魚や焼き魚からでも採れるため、夏休みの自由研究テーマなどにいかがでしょうか。

次回以降では成長に関する解析手法と、具体的な年齢と成長の研究について、例をあげて解説をしていきたいと思います。