「毎日サンマを食べてお金をためて(釣りに)行きなさい。」
これは開高健が残した有名な言葉であります。
「安いサンマを毎日食べて節約してでも、アラスカへ一生の思い出となるような魚と出逢いに釣り行く価値がある。その思い出は何千回と蘇るのだから。」というような趣旨で用いられていたと思います。
当時からそれだけ安く手に入る魚の代名詞的存在だったのでしょう。
それからメディア向けのパフォーマンスなのかもしれませんが、釣りを特集したテレビ番組では著名な釣り人が自宅でサンマを焼いて食べている場面もみたことがあります。
しかし、現在では状況が大きく異なるといえます。
毎年のようにサンマの記録的不漁が話題となり、魚体は小さくなる一方で反対に価格は高騰し続けているのです。
確かに私が学生の時分には、サンマは氷海水を張った発泡スチロール箱に無造作に放り込まれ、一尾が九十八円程度で売られていました。
大学の講義でも「日本近海の水産資源で安定しているのはサンマとカツオくらい」だと教わったものでした。
開高さんの時代は七十年代から八十年代後半の話でしょうから、サンマの資源量はその頃から十年ほど前までは長期間にわたって安定していたとも考えられますね。
専門家の見解では、海水温の変化によりサンマの産卵海域が沖合へと移り、それにともなって餌であるプランクトンが少ない環境での稚魚の生残と成長に悪影響を及ぼしているのではないかとのことでしたが、今後サンマの漁獲量が回復することはあるのでしょうか。
サンマと同じく庶民の魚とされていたマイワシは、逆に十数年前には大きく数を減らして価格が高騰していたものの、近年ではそれ以前と変わらず安く売られている印象があります。
ただし、浮魚類にはレジームシフトと呼ばれる数十年単位での増減周期があるようで、特にマイワシは競合種であるカタクチイワシの資源量と互いに影響しあっているそうですから、サンマとはまた別の問題でありそうです。
参考までに私が普段利用する私鉄系スーパーでのサンマの開きの値段は、二尾で598円でした。
ちなみに同じ商品が昨年よりも100円値上がりしています。
干物に加工する手間をかけているとしても、割高な印象が拭いきれません。
さらに国産のものは単価の高い鮮魚用に優先して出荷されるようで、冷凍加工品は台湾からの輸入物を使用しているのです。
このように痩せて小さくなったサンマが高値で売られるような状態では、貧乏釣師が毎日食べてしまっては全然節約とはならず、金銭的にはますます釣りから遠のくばかりでしょう。
毎日サンマを食べたら釣りには行けないのです。
またひとつ、古い格言が用を成さなくなったかと思うとやるせない気分ですが、しかし「貧乏人はこれでも食ってろ」と言わんばかりに叩き売られている、現代の添加物や保存料がたっぷりの加工食品には手を出すまい。
生活費を節約して健康を損なうのでは、本末転倒もいいところです。
釣りだって、体がなによりの資本となる趣味なのですから。
例外として齢九十を超えて地球の裏側から釣りに来られている方と出会ったことがありますし、なかには酸素吸入をしながらフライフィッシングをしたという猛者の逸話も耳にしましたが、歳をとって体が衰弱するのと不摂生で健康を失うのとでは本質が大きく異なります。
これからの時代は「毎日健康を買ってでも釣りに行きなさい」というべきなのかもしれません。