誰も得しないなめろうの作り方

人生においては誰でもどんな経験でも最初の一回というものがある。

釣りでの初めてのキャスト、ゴルフのファーストスイング、最初に作った料理も然り。

それらを映像や写真として形に残すこともあるが、文章の場合も当時の形を留めたままだ。

しかし、過去の偉人のように手記として残していたのならまだ趣があるというものだが、スマートフォンに電子データとして保存されているのでは風情もへったくれもない。

そしてあとになって見返してみると、恐ろしく酷いものだったということは往々にしてあり得るのである。

 

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なめろうとは千葉県の郷土料理である。

「ヒゲクジラの豪快な食事方法に憧れる」という筆者は、東京生まれの千葉育ちです。

 

新鮮な青魚(マアジ,マルアジ,マイワシ,ウルメイワシなどの類)を買ってくる。

もし彼女が「私、魚とか無理〜」なんて渋っても、気にしないことが肝心です。

魚を三枚におろして皮を剥ぎ、その身を細かく切らねばなりません。

魚の腹を裂いて内臓を引っ張り出していると、後ろでは彼氏がドン引きしているかもしれませんが、怯むことはありません。

むしろ男のくせに、と鼻で笑ってやりましょう。

 

「オレ、肉食系なんだよね〜」とか言っている彼には、「そう。あなたが食ってる牛や豚は工場で天井から吊るされて解体されいるのよ 」と言ってやりたくなることでしょう。

 

「お前、牛や豚が丸のままパック詰めされてたら絶対買わないだろ。」

 

しかし喉まで出かかったその言葉はぐっと堪えて、『いのちの食べかた』という映画を観せてあげましょう。

一切のナレーションもなく、ただひたすらに生物が生産され、食糧に加工されていく過程が描かれたドキュメンタリー映画です。

大変オススメです。

 

閑話休題。

 

彼氏が映画に絶句しているところで、好みの薬味野菜(青ねぎ,生姜,ミョウガ,大葉など)、味噌(カレースプーンひとさじ)を加え、まな板の上で根気よく包丁で叩きます。

 

さて、魚の身を叩き潰すことに満足したら大葉を敷いた皿などに盛り付ければ、一応の完成をみる。

一般には醤油で食べますが、千葉の海沿いの町では酢で食べます。

薬味で魚の臭みが抑えられているうえ、さらにさっぱりして絶品なのです。

料理名の由来のとおり、指ですくって舐めるように食べ、食後はしっかりと皿まで舐めまわしましょう。

きっと彼氏や彼女に振られ、ウルメイワシのように目が潤む憂き目に遭うことでしょう。

でも、気にしてはなりません。

おいしいは正義なのです。

 

アジやイワシの類は骨も身も柔らかいので、文化包丁でも十分に捌くことができます。

シマアジの類でやっても大変美味でしょう。

そして、どうせ叩いてぐちゃぐちゃにしてしまうのだから、少しくらい捌くのに失敗しても骨が残っても問題はない。

あら、簡単ですね。

 

それでも魚を捌きたくないという現代人の怠惰の権化のような諸氏におかれましては、刺身を買ってきてお作りあそばされたらよろしい。

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お粗末。

 

ところで、当時の私は何故に斯様な戯れ文を書き綴るに至ったのか。

貴重な青春時代の刹那を犠牲にせず、もっと他にするべきことがあったのではないか。

 

いまの私には皆目理解できない。

甚だ疑問である。