簿記は「世界でもっとも美しい技術」と称されるそうです。
これを提唱されたのは、金融知識界隈で有名なブログを書かれている方だったかと記憶していますが、この表現は確かに言い得て妙だと思います。
米国株式市場を席巻するGAFAMや時代の寵児たるTESLAといった巨大ハイテク企業の複雑怪奇な企業活動から、あるいは近所の個人商店の八百屋の懐事情まで、企業規模の大小や業種業態を問わず僅か数枚の財務諸表で完璧に表すことができるというのですから。
私は昨年の冬にコロナ禍での基本給減額と賞与カットから自身の経済状態を改めて認識し、「このままでは本当にヤバい」と危機感を抱いたことで、金融リテラシー習得の一部として簿記を学び始めました。
簿記を学ぶことで、企業活動について理解できることが大きく増えます。
例えば、ある航空会社が発注した機体の受領を先延ばしにしているという情報の背景には、減価償却の開始時期を後ろ倒しにすることで、減価償却費を削減して費用を圧縮する狙いがあるのだろうかと推測できるようになるでしょう。
特に消費税と法人税の仕組みや減価償却の方法などは、社会で生きてゆくうえでもっと早くに学んでおけば良かったと痛感した次第です。
ただそれ以上に、日常生活からは見えない経済の本質的な部分に触れているような愉しさもあります。
そして現在は日商簿記2級の学習を進めているところですが、実は既に合格した3級の内容を学んでいるときから、言葉では上手く表せないものの何となく感じていた面白さ、そして奥深さがありました。
ごく最近までは、その知的好奇心の正体を突き止めることができずにいたのです。
しかし、あるとき突然に閃きました。
それは、簿記は過去に私が学んでいた自然科学と共通する要素があるのではないかということです。
先述のように、簿記では複雑な企業活動を財務諸表に整理することで可視化し、経営成績や財務状況を読み解くことができます。
それと同様にこれまで私が学んできた自然科学、とりわけ生物学分野については、生物や生命現象について肉眼では観察できない大規模もしくは小規模なものを含めて、その原理や法則性を明らかにしていく学問と考えることもできるでしょう。
勿論、その過程や結果において数式やモデルを用いて可視化することがあります。
また、「仮設と検証」や「実験・観察・測定」といった方法論の中で数学をその技術のひとつとして用いていることも、簿記と共通する点です。
実務である簿記も広義には会計学に含めることができるのかもしれませんが、生物学分野においては生物統計学に近いものでしょうか。
そしてこうも考えました。
私は多様な経済活動をおこなう企業を生物であるかのように見立て、その生態を知ることで悦に浸っていたのかもしれないと。
しかしながら、学生時代の私はとにかく数学が大の苦手であり、生物統計学を手法としては用いていたものの、その理論は全くといってもいいほど理解できていませんでした。
実際の統計処理はExcelのSOLVERに数式とデータさえ与えてしまえば、あとはソフトウェアが勝手に解析をしてくれるのですから。
あくまでも必要に迫られて渋々使っていたに過ぎません。
それにもかかわらず、数学的要素のある簿記を面白いと思うのは何故なのか。
それは簿記で用いられる数学的技術が、生物学とは比較にならないほど圧倒的に容易であるからだと思います。
生物学は一部の実学的な分野を除いて伝統的に学術的な側面が強く、ときにはある種の芸術性さえ追求することもあります。
当然、用いられる数学的技術も高度なものが多く、少なくとも高校数学以上の知識が必要とされるのです。
一方で、実務である簿記は可能な限り経営管理や財務諸表の作成の効率化を計って発達してきたはずです。
したがって、生物学よりも扱う数値の桁数がだいぶ多くなるものの、数学的技術は加減乗除ができれば十分でしょう。
この程度であれば、いくら数学嫌いの私でも十分に理解できます。
簿記のもつ自然科学的特性に気づいたことで、今後の学習も捗りそうです。
財務諸表を通してその企業の生態を明らかにすることができそうですからね。
人は方法論を理解できない学問を敬遠し、理解できる学問には心惹かれる。
こうして記述してみるとさも当然のことのようですが、小学校就学以来勉学と向き合ってきて、この単純な真理に辿り着くまでに私は二十余年の歳月を要したということになります。
そして長年の数学嫌いもこれが原因だったのかと考えると、妙に腑に落ちるように思えてきます。
さて、話は少し変わりますがこの数学に関する考え方について大変興味深いものがありましたので、併せてご紹介させてください。
私は地上波のテレビ番組は全くといっていいほど見ないのですが、先日YouTubeのAIが自動再生してきた番組アーカイブに思わず見入ってしまいました。
11月14日に放送されたものです。【日曜日の初耳学】毎週よる10時~TBS系列にて放送中!!YouTubeでは1か月限定…
この番組では企業戦略家の森岡毅さんという方がゲストとして登壇されており、「数学を勉強する理由は頭を問題にたどり着くために論理的に使う練習、問題にたどり着く問題解決能力を鍛えることだ」と語っておられました。
言われてみれば、数々の定理や公式の中から与えられた問題を解くのに必要なものを選び出す行為は、論理的思考のもっとも基礎的なものだといえると思います。
また、インタビュアーはかの有名な林修先生が務めており、お二人の会話の中で世の中には「定数」と「変数」、すなわち自分の力ではどうしようもない事と自分でどうにかしなくてはいけない事のふたつしかないが、多くの人は「定数」を「変数」にしようと叶わない努力をして時間と労力を無駄にしているという話がありました。
つまり、どこに時間と労力を集中させるべきかを論理的に紐解いていくことが数学的アプローチであるというのです。
この考え方は私が今まで抱いてきた数学への印象を大きく覆し、目から鱗の思いでした。
それにしても森岡さんという方は、ビジネス手腕のみならず人柄や人生哲学も個性的で鮮烈な印象を受けますね。
いくつもの名言が飛び出した林先生との軽快なトークにも、すっかり魅了されてしまいました。
ちなみに私がもっとも笑わされたのは、娘の運動会で森岡さんの奥様が発されたという「コミュニティーに資本主義を持ち込むな」という言葉です。
みなさんもご興味があればぜひこの番組アーカイブを視聴されてみてはいかがでしょうか。
知識と情報は、紛れもなくその人がもつ力そのものなのですから。