北海道に生息する大型のサケ科魚類イトウ。
多くの釣り人を魅了してやまないその魚の学名はParahucho perryiといいます。
「Para」は「~に近い」「~に似ている」を意味し、近縁のHucho属(ニシイトウ属)から独立してParahucho属(イトウ属)はイトウ1種のみで構成されています。
つまりイトウの学名の場合は「Parahucho属のperryiという種」であることを表しているのです。
なお、「perryi」は寛永年間に黒船を率いて来航した米海軍提督マシュー・ペリーが函館に寄港した際に日本産のイトウを採集して持ち帰り、のちに英国の学会で発表したことからその名前がつけられたのは有名な話です。
一方でイトウ属の近縁であるニシイトウ属は世界で4種が記載されており、モンゴルでの釣りで有名なタイメン(アムールイトウ)をはじめ、ヨーロッパ産のドナウイトウ、東アジアではチョウコウイトウ、コウライイトウがこちらに属しています。
北海道に生息するイトウも以前は外国産のイトウと同じHucho属に分類されていましたが、研究により外部形態の微妙な違いや、他の種と異なり唯一降海するという生態に加えて、DNAの分析などから別属とされ、新たにParahucho属が設けられたという経緯があります。
さてここからが本題なのですが、イトウを表す英語を探してみたところ「taimen」と「huchen」の二つが存在するようです。
厳密には「taimen」が学名にもあるようにタイメン(Hucho taimen)を、「huchen」はドナウイトウ(Hucho hucho)を指します。
その他にもドナウイトウについて「Danube salmon」なんていう表現がみられましたが、こちらはまあ少数派でしょう。
我が国のイトウは英名で「Sakhalin taimen」もしくは「Japanese Huchen」とされていますが、学術論文での表記を見る限りどちらかといえば「Sakhalin taimen」が一般的であるように思われました。
これらの英名の由来について考えてみると、「Sakhalin taimen」はイトウが北海道のみならずロシア東部の沿海州や樺太・千島列島にも生息していることから、ロシア人の学者が名づけたものと容易に想像がつきます。
イトウの分類においてParahucho属を定義した研究者もVladykovという名前のようですから、おそらくロシア人なのでしょう。
これに対して「Japanese huchen」という名称については、私が僅かばかり調べた程度でははっきりしませんでしたが、おそらく1980年代に日本の研究者が独自に使いはじめたのではないかと推察しています。
その理由は学術論文で「Japanese huchen」という表現を用いている著者が、ほとんど日本人だけであるということです。
もしかすると「Sakhalin taimen」に対抗したかったのかもしれません。
もしもそうだったのだとすると、その気持ちは私にも少しわかるような気がします。
いずれにせよ、2021年現在ではほとんどの学術論文が「Sakhalin taimen」を採用しています。
北海道のトラウトフィッシングでは多くの釣り人を魅了してやまないイトウですが、釣りをする立場から考えるとイトウの英名が「Japanese taimen」だったら良かったのに、と私は思うことがあります。
私の親くらいの世代の方では、モンゴルの悠久の大地を流れる河川でタイメンを釣ることに憧れた人もいるのではないでしょうか。
日本でタイメン釣りが知られるようになったのは、芥川賞作家である開高健の作品『モンゴル大紀行』などの影響も大きかったはずです。
近年でも国内外の釣りを専門とする旅行会社では、モンゴルでタイメンを狙うツアーを取り扱っているようですから、それだけタイメンは世界中の釣り人にとって魅力的な魚だといえます。
それに「huchen」はドナウイトウを指しているため、同じユーラシアとはいえ西部のヨーロッパに生息していて日本では馴染みの薄いドナウイトウよりは、東部にいるタイメンを表す英語のほうが日本のイトウの英名にはふさわしいような気がしませんか。
もしもイトウの英名が「Japanese taimen」だったならば、海外の釣師に対して「日本にもタイメンがいるぞ!」と自慢することができたのに。
というのが私の勝手な妄想であります。